
朝、目が覚めて、
まだ布団の中にいるとき。
キッチンから、コーヒーの香りが届くことがあります。
誰かが淹れてくれたわけじゃなくて、
昨日の夜、タイマーをセットしておいたんです。
それでも、なんだか誰かがいるみたいで、
ちょっとだけうれしくなります。
一人暮らしを始めて、もうすぐ5年。
最初の頃は、朝起きるのが苦手で、
布団から出るまでに何度もスマホを見て、
気づいたら30分経ってることもありました。
今もそんなに変わってないんですけど、
コーヒーの香りがすると、
「起きなきゃ」じゃなくて、
「起きてもいいかな」って思えるんです。
この違い、わかりますか?
小さいことなんですけどね。
布団をめくって、足を床につけて、
少し冷たい空気を感じながら、
リビングに向かう。
コーヒーメーカーの前に立つと、
ガラスポットの中で湯気が揺れていて、
淹れたてだ、って思います。
昨日の夜の自分が、今朝の自分のためにセットしてくれたこと。
それがなんだか、誰かに優しくされたみたいで、
ちょっと照れくさいです。
カップに注いで、
最初の一口を飲む前に、
香りだけ、ゆっくり吸い込みます。
その瞬間が、一番好きかもしれません。
飲んでしまうと、もう味になっちゃうから。
香りだけのときが、一番、
「朝が来たんだな」って実感します。

ルナは、わたしがコーヒーを淹れる音で起きます。
いつもソファの上で丸くなっていて、
わたしが飲み始めると、
ゆっくりこっちに歩いてきて、
足元でまた丸くなるんです。
何も言わないし、
何かしてほしいわけでもなさそうで、
ただ、そばにいる。
それだけなのに、
なんだか「一緒にいるね」って言われてる気がして、
わたしも「うん、一緒だね」って、
心の中で返します。
ルナを撫でながら、
コーヒーを飲んで、
窓の外を見る。
まだ空は明るくなりきってなくて、
でも暗くもなくて、
この時間だけの、やわらかい色をしています。
特別なことは、何も起きません。
仕事の予定を確認したり、
スマホを見たり、
たまに昨日の夜のことを思い出したり。
でも、この時間が、
なんだかとても大事な気がするんです。
誰かに話すほどのことじゃないし、
日記に書くほどでもない。
でも、確かにあった時間。
コーヒーの香りが、寝室まで届いていたこと。
ルナが足元にいたこと。
窓の外の空の色が、やわらかかったこと。
そういう「なんでもないこと」が、
少しずつ積み重なって、
わたしの朝を作っているんだなって、
最近、思うようになりました。
昨日の夜、
タイマーをセットしながら、
「明日の朝、ちゃんと起きられるかな」って、
ちょっと不安だったんです。
でも今朝、
コーヒーの香りで目が覚めたとき、
「ちゃんと朝が来たんだ」って、
少しだけ安心しました。
毎日が、特別である必要はないと思います。
でも、毎日が、
ちょっとだけ優しい時間であってほしいとは思います。
それが、コーヒーの香りだったり、
ルナのぬくもりだったり、
窓の外の空の色だったり。
そういう小さなことでいいから、
朝が、ちゃんと迎えられる日でありますように。
今日も、一日が始まります。
どんな日になるかは、まだわかりません。
でも、少なくとも、
この朝の時間があったこと。
それだけで、
なんとなく、大丈夫な気がしています。
あとがき
タイマーセットするの、
たまに忘れちゃうんですけどね。
そういう朝もあります。
それでも、まあ、朝は来るので。