しずかな境界
朝、カーテンの隙間からいつもより白い光が差し込んでいて、
ああ、と思いました。
窓を開けると、世界が雪に包まれていました。
音が、ない。
車の音も、人の声も、
いつもなら聞こえる遠くの工事の音さえ、
ぜんぶ、雪が吸い取ってしまったみたいに。

わたしは、この感じが好きです。
雪が降り始めたときの、あの、
世界がいきなり静まり返る感覚。
静かすぎて、
自分の呼吸の音まで聞こえるような気がして。
なんだか、
いつもの朝とは違う場所に来てしまったみたいな、
ちょっとした緊張感があります。
でも、不安というわけじゃなくて。
どう言えばいいんだろう。
境界線、みたいなものを感じるんです。
昨日までの世界と、今日からの世界の、
うすい膜みたいなものが、雪でできている感じ。
コーヒーを淹れながら、
ルナが窓の外をじっと見つめているのに気づきました。
黒い背中が、雪の白さに浮き上がって見えます。
「ルナ、雪だね」
話しかけても、振り向きません。
尻尾だけが、ゆっくり左右に揺れています。

ルナは、雪を見るのが好きなんです。
外に出たいわけじゃなくて、
ただ、眺めているだけ。
ときどき、
「にゃ」って小さく鳴いたりします。
何を思っているのかは、わかりません。
でも、そういうわからなさが、
なんだか、いいなと思います。
わたしも隣に座って、
いっしょに雪を見ました。
ルナの耳が、ぴくっと動きます。
雪の音が聞こえているのかな。
わたしには聞こえないけれど。
朝のニュースをつけたら、
「本日は積雪により交通機関に乱れが出ています」
って言っていて。
会社に行くのが、少しめんどうだなと思いました。
でも同時に、
この静けさの中にいられるのが、
今だけだとも思って。
雪が降ると、みんな少し慌てます。
電車が遅れて、
道が滑りやすくて、
予定が狂って。
わたしも、たぶんそうなります。
でも、今はまだ、
その慌ただしさの手前にいて。
雪の中の、しずかな境界線の上に、立っている感じがします。
ルナが、ふいにわたしの膝に飛び乗ってきました。
あったかい。
窓の外の冷たさとは反対の、
小さな命の温度が、膝に伝わります。
「行きたくないね」
そう言ったら、
ルナが喉をゴロゴロ鳴らしました。
共感してくれているのか、
ただ気持ちいいだけなのか、
それもわかりません。
でも、それでいいんだと思います。
コーヒーを一口飲んで、
もう一度、窓の外を見ました。
雪は、まだ降り続いています。
ゆっくり、ゆっくり。
急がないで、って言われているみたいに。
そろそろ準備をしないと、遅刻します。
でも、あともう少しだけ、
この静けさの中にいたいなと思いました。
ルナの重さと、
コーヒーのあたたかさと、
雪の白い光と。
なんでもないことなんですけどね。
ただ、忘れたくないなって。
こういう朝のこと。
あとがき
雪の朝って、ちょっと特別ですよね。
世界が優しくなる感じがします。
今日も、なんとかやっていきます。