小説本編

Episode 1: Both Sides Now ─ 雲の向こうに、もうひとつの景色 Inspiration by Joni Mitchell(1969)Capture1-1

ミオとルナのMorningWords

1話1章アイキャッチ

🌅 第一章🎵 Morning Has Broken ─ やさしさの中に始まる今日by Cat Stevens(1971)

東京・下町にある築25年の小さなアパート。その一室に、やさしい朝の光が差し込んでいた。

キッチンからは、コーヒー豆を挽く手のリズムと、湯の立ち上がるかすかな音。

木目調のフローリングの上には、ふわふわとした淡いグレーのラグ。

「……ん〜、今日の香り、ちょっと深め」

ミオは白いシャツワンピースにアイボリーのエプロンを重ね、髪を緩く後ろで結んでいた。

豆はグアテマラ産。

やや深煎りで、コクのある味わいが特徴だ。

カップに注いだコーヒーから、ほのかにチョコレートのような香りが立ちのぼる。

「ルナ、今日の天気……晴れだって!ミルクは、ほんのりあっためたよ」

足元にいた黒猫が、のっそりと起き上がり、カーテンレールに軽やかに跳び乗る。

『いい一日になるわよ。……たとえ心の空が曇っていたとしてもね』

その声は、ミオにしか聞こえない。

『今日のラッキードリンクはハーブティーだよ』

ミオはふっと笑って、小さくつぶやいた。

「ルナってさ、たまに占い師みたいなこと言うよね」

部屋には、ドライフラワーのリースとミントのアロマ。

目を閉じると、深呼吸したくなるような空気が流れている。

彼女の朝は、日記を書くことから始まる。

お気に入りの万年筆で、今日の気分をひとことだけ。

"少し不安。でも、光は差してる"

それが今朝の言葉だった。

毎朝のルーティン。

コーヒーを片手に、自分の気持ちをひとこと書き留める“心の天気予報”。

そのあと、PCを開き、前日の取材メモを軽く読み返す。

目元にコンシーラーを乗せながら、今日はどんな服にしようかと迷う。

選んだのは、淡いグリーンのブラウスに、ベージュのワイドパンツ。

肩にかかるセミロングの髪は、ストレートアイロンで軽く整え、オレンジのリップをひと塗り。

彼女は群馬の出身。 高校までは地元で過ごし、大学から上京。

出版社に入ってから1年と少しが経つ。

今はトレンド系ファッション雑誌の記者として、 日々さまざまな店舗や人物を取材している。

けれど、彼女が本当に書きたいのは──“人の気持ち”だった。

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